消費者金融から借金200万円。法テラスへ相談し年金と生活保護に

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幼少時代から父はギャンブル好きで借金を多々から借入していた様で実家に訪問する事が多々あり、母が居る時は部屋の中で何も喋らず静かになるのを待っていた記憶があります。

自身が成人になりアパレル業に勤務する様になり服装は給料天引き(半額)で手取りは少なく、日々の生活に支障をきたす様になり消費者金融に初めて店頭に行き契約する事から堕落と自転車騒動の月末に陥る事になりました。

借り入れ総額は200万円

昔は『総量規制』などない時代でしたので増額、増額で次の金融会社へ契約、更に紹介料を取られてまでも契約、他県での契約で総額は200万円はありました。

運悪く体調を崩し入院、退職、実家帰省となりましたが、借金まみれで返済の事で頭が一杯で、何とかしなくては…と焦る日々でした。そんな中、父が部屋へ来て前々から勘付いていたのでしょう。

このままでは返済ができないと判断し…

私に『この紙に、何処にいくら借入があるか全て書け!お父も母に昔書かされた事がある。』などと言われ、渋々メモ紙に書きました。書いた所で何も変わる訳ではありません。ただ情けない気持ちだけで半泣き状態でした。

私の急な思い付きと行動は突拍子もなく、このままでは返済ができないと判断し、他県へ家出、更に寮付きで高額給料を目当てと、他県で働いていた時に知り合った方の名刺を元に連絡し、今日から働かせて欲しい事、寮が必要である事を伝え、即座にその日から夕方からAM2時までの夜の仕事に休日以外は勤務する様になりました。

高額借入先には毎週5万円返済

毎週土曜日が給料日でバブルのせいもあってなのか週に20万円は稼げるようになり、給料を貰った翌日は高額借入先には毎週5万円返済、他については1万円から2万円だったり、翌週に返済できる様になり、中古でも好きな車を購入できる様にもなり少なからず気持ちのゆとりができました。

全て完済までには一年ぐらいはかかったかとおもいます。完済後には契約書類を返してもらえる洋に伝えましたが、何年経っても情報は残っている事に気づきました。

車上生活を3ヶ月、有り金も底を尽き…

2年前に父と揉め、車上生活を3ヶ月近く過ごしていましたが、とうとう有り金も底を尽きそうになったのは年末で当時は職には就いてはいましたが上司に伝え落ち着くまでは…と待ってくれました。しかし年末に文無しではと焦り再度、消費者金融へ事情を話し仮審査は可決。本審査は無人君へとの事で向かい、最低3万円から5万円の希望で3万円で可決しました。

しかし年始になり数年前に借入完済した金融へ、今借りている事や事情、可決した際には今の借入先には完済、契約終了をする事を伝え仮審査は少し待ちましたが可決し再度、無人君へ行き話を伝え一時間くらいで30万円の可決。急いで借りていた先へ完済、契約終了の旨を伝え住まいの敷金などに大半はきえてしまいました。

現在は年金と生活保護の身に

更なる追い討ちは体調に異変があり仕事を辞職、病症手当と失業手当のみとなり、少なからずでも毎月の返済はしてはいましたが、また底付き、現在は年金と生活保護の身となりました。生活保護費は返済には充てられず途方に暮れながらも職探しと法テラスへ相談する事となりました。

今後は自身の生活仕方や金銭面には多々反省すべきだと思ってます。仮に次回に借入する際には、よく考えて嘘を付く事なく利用している銀行などへ相談しようとは思ってはいますが、借金は懲り懲りです。

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