独立したものの仕事がなく無収入になり、キャッシングのお世話になりました

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両親は離婚。5人の子供は全員母親に引き取られ

両親は幼い頃に離婚をしており、私を含め5人の子供は全員母親に引き取られ、母親の実家で暮らしていました。女で一人で5人の子供を育てるのは並大抵なことではありません。それで私たち子供は早くからその苦労を終わらせたいと考え、長男を除き他4人はみんな中学を出るとすぐに働き始めました。

父は仕事に関係した大きな借金を抱えていたようですが、その債務を家族に及ぼさないための離婚であった面もあり、借金の返済だけは母も私たちも免れています。母の実家はとても狭く、祖父母と親子6人が暮らすには限界でした。それでみんな就職するとアパートを借りて独立をしました。私も中学を出るとすぐに就職した会社の寮に入らせてもらいました。家賃はなく、食費も要りませんでした。

生活があるので簡単に辞めることも出来ず

就職したのは土木会社で、私はほとんど現場に出ていましたが、すぐにこの仕事は自分には向かない事が分かりました。しかし、生活がありますので簡単に辞めることも出来ずにいました。今日辞めようか明日辞めようかと悩んでいた頃、新卒で入って来た後輩が私と同じ中卒でありながら、夜間の各種学校である程度専門知識を身につけていることを知り、私もその学校に通うことにしました。

そこで覚えたのは建築の製図です。私はこの技術を使って身を立てたいと思うようになりました。それで30のときに独立をしたのですが、建築関係の資格があるわけでもなければ、大学を出ているわけでもない私に仕事は来ませんでした。独立するまでに現場で貯めたお金は100万円くらいしかありませんでしたから、独立して無収入になるとそのお金はあっという間に底を突きました。

割と名前を聞くキャッシング会社

そのとき街頭で配られたティッシュの広告を見て、フリーダイヤルに電話を入れました。割と名前を聞くキャッシング会社だったので、ああここかと思いました。でも、ここまで着たらもうおしまいだなとも思いました。電話に出たオペレーターに、社会保険の番号を言うと、20万円の枠で融資が出来るといわれました。それで教えられた近くの無人契約機のある場所にいき、身分証代わりの免許証と前年の給与証明、社会保険証を機械の読み取り機にかざすと、すぐにカードが作成され、無人機の横に置いてあったATMで現金を引き出すことが出来ました。

このときの安堵感は大きなものでした。借金して作ったお金であれ、お金はお金であり、お金には変わりがないとつくづく思いました。とても充たされた気持ちになりました。借り入れ枠が拡大されるにつれ枠一杯まで借りました。しかし、返済は大変です。返済は今も続いていますが、アルバイト的なことをしながら細々と返しています。

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