ついつい遊興費を使ってしまい、借金を土下座して親に立て替えてもらった

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両親は家庭内別居

家庭環境は悪かったです。両親は家庭内別居のような感じでした。親の収入は低くお小遣いをもらったことは一度もありませんでした。お年玉ももれなく没収です。自分のお金というものを手にしたのは、学校を卒業し働いて給料をもらって、そのお金がはじめてでした。そのため、お金の計算というものができない大人になっていました。

お金というものは財布から出てくるものであり、稼いだり貯蓄したり節約したりなどという価値観はもって育ちませんでした。そのためか、就職してお金を稼ぐようになっても、財布から出てくるもの、財布から出てくるものという感覚が抜けませんでした。貯蓄などもってのほかです。稼いでは一円残らず全部使い、の繰り返しでした。

どのようなお金に困ったか

どのようなお金に困ったかと言いますと、ガソリン代、遊興費です。子供時代、お小遣いがなかったわけですから、他の子供と同じような遊びはできませんでした。ですから、お金を持つようになると、遊びに使ってしまいました。給料全部です。遊べるとなると、クルマをどこまでも走らせ、高速代、ガソリン代は給料の支出のほどんどを締めるようになりました。

これは解決とは言いませんが、次第にお金を借りるようになりました。遊びに狂い、仕事も休みがちになり、何度も転職を繰り返しました。無職の期間もあるので、借金は雪だるま式に膨らんでいきました。返済するために新たに借りる、自転車操業のようになりました。お金を借りるカードは、魔法のカードでした。働いてもいないのに、ATMにいけばお金が出てくるのです。

自力で返せる金額では…

私はその誘惑に負けてしまいました。それでも、遊びは楽しく、やめられるものではありませんでした。子供時代のさみしさを紛らわすかのように、遊び狂いました。気づいたときには、もう自力で返せる金額ではありませんでした。

それでも、開きなおり借金は続きました。仕事をやる気持ちにはなれなかったし、仕事ができる体力、精神力もありませんでした。最後に行き着いたのは、支払額の減額請求です。そうです、ブラックリストです。家族に金融関係の会社に勤めている人がおり、その会社に関係する借金は親が立て替えました。その代わり、土下座をさせられました。残りの金額の返済は、今でも続いています。

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