極貧生活は面白いけどその時はとても苦しかった

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グラム○円の鶏肉を食べていた

最近、メジャーな方々であれば、セカオワが「グラム○円の鶏肉を食べていた」(すっごいやすい金額だったと思う)、と話したり、スガシカオさんが「ご飯に胃薬をかけて食べた」と話したり、細美武士氏が「会社からもらったモチをひたすら食っていた」と話していたことを思い出しますが、私はお金のない時は、外国から輸入された謎の円い輪切りの冷凍肉や、油揚げだけをいろいろな調味をしながら食べていました。

だから、極貧生活の出だしは、まず調味料を買い込んで、油揚げ1枚だけ、とか、豆腐1丁に、とかいう形で毎回違う調味をして飢えをしのいでいました。米も手に入ればそれはぜいたく品で、一気におかずとご飯ができる感じで、油揚げ1枚だけでもご飯を何杯も(もちろんそんな量の米はほとんど手に入りませんでしたが)食べられるというメリットがありました。それから1袋数十円のパンの耳、これもとても便利でした。焼いたり、揚げたり、浸したり、様々な味付けと食べ方が可能です。

「うまい棒」は飢えしのぎに大変有用

それから、「うまい棒」は飢えしのぎに大変有用でした。1本10円だと、束買いした時に課税されてしまいますから、結果損します。なので1本1本別々で買います。そうすると、延々と1本平均10円で買えます。しかもうまい棒はものすごい味のバリエーション、種類が豊富です。毎日何かしら選べるのもなんだか心のすさみの防止になりました。

しかしいよいよそのようなものを買うお金も無くなってしまった時は、ひたすら寝ていました。水はあまり飲んではいけません。けっこう空腹を促進します。しかしこのまま飢えるのもまずいので、深夜のコンビニで、売れ残りがもらえる店舗を見つけてそこで働きました。本当に地を這うような暮らしだったなと思います。

正直苦しいのは…

だけど、景気って国が作るものだから、正直苦しいのは自分だけではなかったりします。商店も、食品店も、衣料品店も、苦しいところはみな苦しいのです。そうなると、売り物は売りたたきが始まって、昔はいくらか高かった品物もセール品になったり、数千円で買っていたようなシャツが数百円で買えたりするようになります。

品質は落ちますが、その中でもデザインや工夫を絶やさない製造者さんはたくさんいます。だから、自分だけが貧しくなる、苦しくなるって、周囲をよく見渡せば、本当にはないような気がしました。こういうことを書くと、心だけはちゃんと灯を失わないで、自分の手の届く世界や目線で生活する大切さがわかりますね。苦しかったのは本当に苦しかったし、明日を迎えるのさえ恐怖になったりもしますし、今だってまったく楽ではないのですが、とても大事なことのように思います。

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