うつ病になり退職。何の保証もなく苦しい生活

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一週間毎日会社に泊まり込み

過労でうつ病になり、働けなくなり退職しました。システムエンジニアの仕事をしていたのですが、一週間毎日会社に泊まり込みをするようなことがざらにあり、それで手取りは10万円台ブラック企業でした。

同僚達も皆会社に寝袋を常備していて、向精神薬を飲みながら仕事している人が社員の3分の1以上という、今思えば異常すぎる労働環境でした。うつ病と診断されて、私もしばらくは薬を服用しながら仕事をしていましたが、社長の暴言、人をゴミのように扱う態度、同僚たちのネガティブなオーラに飲み込まれて限界だったので退職届を出しました。

失業保険が貰えるのは…

診断書があったにも関わらず、自己都合退職扱いされてしまったので失業保険が貰えるのは3か月先になってしまいました。その3か月間はほとんど記憶もないほど、薬を飲んで寝ているだけという廃人のような生活をしていました。

信じられないほどの安月給、高ストレスの職場だったので貯金もほとんどなく、雇用保険の給付が始まる頃には家賃を滞納していました。なんとか雇用保険の受給が始まったものの、辞める前の収入に応じて額が決まるものなのでたかがしれています。ろくなものも食べずにぎりぎりの状態で家賃を払いながら、生きているんだかどうなんだか分からないような暮らしで3か月は雇用保険で生き延びました。

雇用保険の受給が終わっても…

雇用保険の受給が終わっても、まだとても働ける状態ではありませんでした。労災の保障なんていうものはあり得ない会社でしたし、うつ病程度では障害年金も出ないと言われてしまいました。そもそも厚生年金にも加入していませんでした。

仕方なく一人暮らしのアパートから実家に帰ったのですが、無気力状態のため引っ越しの準備をするだけで一か月もかかってしまいました。その間も色々と出ていくお金はあります。無一文どころか少しマイナスの状態で実家に帰ります。母は私を子供扱いしながらも優しく受け入れてくれました。そのときは自分のことしか考えられない状態で、迷惑をかけるだけだったのですが、今考えると母の愛情の深さに涙が出ます。

うつ病などただの甘え?

しかし父や姉はうつ病などただの甘えだとまったく理解してくれませんでした。常に身内からの悪意にさらされながらの休養生活は治療を遅らせました。それでもとりあえずは家賃などの支払いがなくなり、また母のおかげで食生活も改善してきたことで体力がついてきて仕事を探す気力もわいてきました。

実家に帰省後1年半ほどで地元の工場で働き始め、健康も取り戻し、滞納していた諸々の支払いのため母に借りたお金も返すことができました。本当に困ったとき、身内のありがたさが身に染みて分かります。

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