19歳の時父の借金が発覚。アルバイト生活はキツかったけど、職場の人に助けられた

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父親に借金があることが発覚

私が19歳の時、父親に借金があることが発覚しました。そんな時に父親と祖父が体調を崩し、二人とも入院してしまうという事態が起こりました。父は職を失い、祖父も町長をしていたので多少お金が入ってきていたとは思いますが、それも無くなってしまいました。私はというと、製菓専門学校に行って、就職間近でした。

兄弟はまだ学生で、アルバイトもできないため、家計は私とパート勤めの母がどうにかするしかありませんでした。まず、強かった母が、職場に頼んで正社員に昇格しました。職場は重苦しい家にいるよりずっと楽しいと母は言いました。これで母の収入は確保できたので、次は私です。

仕送りをストップ

それまでしてもらっていた仕送りをストップしてもらい、始めたばかりのパン屋のアルバイトに加えて、デパートでも臨時アルバイトをしました。3ヶ月くらいした後、デパートのアルバイトを懸命に頑張ったおかげで、たくさん呼んでもらえるようになって、時給も待遇も良かったので、どんどんお金がたまりました。

そこで、最低賃金だったパン屋を辞めようとしたら、入ったばかりでこんなによくしてやったのにとものすごく怒られました。また、時給を50円上げてやるとも言われましたが、デパートの時給の方がものすごく良かったですし、何より楽しかったので、やっぱりパン屋はやめてしまいました。

非常に楽しい職場

デパートは、社員の方も少しいましたが、ほとんどが臨時アルバイトで、給料も良かったので、いろいろな夢を抱えた方や面白い話をしてくださる方にたくさんお会いして、毎日学ぶことも多く、非常に楽しい職場で、荒んだ私の気持ちは、とても助けられました。また、お金のない私に最も助かったことが、デパ地下で余った破棄食材をもらえたことです。毎日、食べきれないくらいもらえました。

皆さんとてもいい方だったので、私が学生で、節約しているのも知っているからか、わざわざ他のバイト仲間や先輩たちが、電話で、「あんみつが余ったから取りにおいで」とか、帰り際に、お惣菜が1パック100円になってるから買いにおいでとか、社食をご馳走してもらえることもあり、食費が1ヶ月4000円くらいですみました。

製菓学校では、毎日ケーキを作るので、友達にケーキをあげたら、お礼にご飯を作ってもらったりしたこともありました。またある日は、バターロールを大量にもらって、その時は毎日、ビタミン補給のための冷凍枝豆をマヨネーズで和えて、パンに挟んで弁当に持って行きました。私はどれだけお金がなくなろうとも、交際費はケチらないと決めていました。そんなことをしたら、年をとってから、もっと楽しめばよかったと、空っぽの自分の人生に後悔するとおもったからです。

平凡な生活

今は家の借金も無くなって、平凡な生活を送っています。あの時、交際費をケチらずにたくさんのいい人と関わったから、その分たくさん助けてもらえたんだなあと、決して無駄遣いではなかったことを、お歳暮を何十件も送る祖母を見ながら思いました。

祖母もまた、たくさんの人にたくさん助けられているからです。でも決して見返りを求める心は持たないことです。見返りがほしいと思うと、相手には恐怖でしかありません。お金がなくともただ、今を楽しむことが一番大事だと思います。楽しく過ごす場所にお金が集まってくると、改めて思い知りました。

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