妹の予備校代、親戚への借金と奨学金。母子家庭で育った長男の責任

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私は、二人兄弟の長男で、大学をでて地元の企業でサラリーマンをしています。私の両親は妹が生まれてすぐ離婚し、私たちは母親に引き取られ、母子家庭で育ちました。母のパートの稼ぎだけでは豊かな暮らしはできず、お金がない生活をしてきました。

どうしてもお金が足りなく

私は大学へ進学したかったので、私立の高校に特待生で入学し、学費を免除してもらいました。三年間、一生懸命勉強をし、無事、地元の国立大学へ合格できました。自宅から国立大に通うと言ってもお金はかかりますので、奨学金を借りて、アルバイトをたくさんしました。母と妹の生活もあるので、私のアルバイト代も生活費になっていきました。

妹が高校進学することになり、受験をしたのですが、公立の高校の受験に失敗してしまい、私立の高校へ通うことになりました。その時、どうしてもお金が足りなく困ってしまいましたので、妹の入学金を親戚へ借金しました。その後も妹の学費が足りなくなると、また親戚に借金せざるをえず、借金はふくらんでいきました。

妹の予備校代がかかることとなり

私は大学を卒業し、地元の企業に就職したのですが、田舎なのでそれほど給料は良くありませんでした。少ない給料で家計を支え、親戚への借金と、自分の奨学金を返済していくのは大変でしたが、ギリギリなんとかやっていました。

そんな中で、妹は大学へ進学するために受験したのですが、失敗して、浪人してしまいました。妹の予備校代がかかることとなり、私の負担は大きくなりました。妹は結果的に浪人した後、東京の私立大学に通うことになりました。妹自身、奨学金を借りて、アルバイトもたくさんしたのですが、それでは足りるわけもなく、仕送りが必要になりました。

そのような生活が四年ほど続き

親戚への借金も返せておらず、お金に困り、私が副業でアルバイトをすることにしました。会社には内緒で週末や平日の仕事の後、ファミリーレストランの厨房で働きました。月に5万円ほど稼ぐことができましたが、それは妹への仕送りと親戚への借金の返済でなくなってしまいました。

そのような生活が四年ほど続き、なんとか妹が大学を卒業でき、東京に就職することができたので、アルバイトを辞めることができました。まだ、親戚への借金と自分の奨学金の返済がありましたので、自分の稼ぎだけではギリギリの生活でした。

お金に困ることはなくなりました

それから二年ほどしたころ、母が体を壊し、パートができなくなったので、妹からわずかですが仕送りをもらうようにしました。

私が、32歳を迎えたころ、親戚への借金が返済し終わり、いまでは自分の奨学金を月々わずかながら返している状態で、お金に困ることはなくなりました。長く借金の返済を待ってくれた親戚に感謝しています。今では、年老いた母と細々と暮らしています。

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