離婚後、付き合っていた男に依存しきりの母。中学生だった私は新聞配達でしのぎました。

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母がとある男性に恋をして…

私の両親は私が3歳の頃に離婚しました。それからは母が仕事をし、面倒を祖母にみてもらっていました。私は生活は少し苦しかったが懸命に働く母が大好きでした。ですが、小6の頃に一気に事は変わりました。母がとある男性に恋をして家に一切帰らなくなったのです。

正確には最初はちょっと泊まりに行ってくるという程度だったんですが、段々と帰ってくる日は少なくなり生活費だけを置きにくるという状況でした。しかし、その生活費も出す金はないと言われ祖母の年金で生活するしかありませんでした。生活は次第に悪化していき光熱費だけでもいっぱいいっぱいになり、お米も買えない時期がありました。

新聞配達を始めました

その頃、私は携帯を持たされていたので母になんども連絡をしましたがいつもそんな余裕はないと言われて終わりでした。それを聞いた祖母の親友が自分がやっている新聞配達を代わりにやってみるかと言ってくれて私は新聞配達を始めました。

毎日学校前に早起きして自転車で配達していました。一週間千円だけでしたが、その頃の私にとっては大金でした。何百円か余裕がある時は、祖母が食べたい物だけでもと買ってあげたり生活の足しにしてくれと渡していました。

そんな生活をしてから数ヶ月後母がいきなり帰ってきました。母が帰ってきて私はとても喜びましたが、それは一瞬で消え去りました。母はろくに会話もせず物置代わりにしていた部屋に籠もるようになり、生活費を少し渡す程度で休日は毎週のように県外へ転勤した男性の元へ通っていました。

強制的に…

祖母は母に直接言えない分、私に言うようになり、私はそれがストレスで自分から会話をしようとしなくなりました。それから冬休みが始まり、一週間ぐらい経ったある日、母がその男性に会いに行くからお前もついて来いと強制的に連れていかれました。

3日ぐらいで帰るという事だったのに3日過ぎてもまだ帰らない、まだ帰らない、私はその耽美に祖母の親友に電話をして代わりに新聞配達を頼み、部活も休むと友達に伝えの毎日でした。私は本当にもう帰りたい一心でした。その人の家にいても、母達はパチンコに行く、買い物してくるなど、私はその男性の家にこもっている状態でした。

3日で帰るということだったので…

3日で帰るということだったので宿題も持ってこず、二週間以上いました。やっと帰る頃には冬休みも終わる寸前で宿題もやっていなく私はもう全てがどうでもよく、ただその時の喜びは祖母に会えたことでした。それから間もなく母はその男性にフラれ、仕事もしなくなり、ずっと家にいるか、パチンコに行くかでした。

私はそんな母の姿をみても可哀想だなんて思いもせず、ただひたすら働けと言うだけでした。なにをきっかけか知りませんがそこから数ヶ月して母が働きだしてくれたおかげで生活は徐々に落ち着いて私も勉強に集中したいという事で新聞配達を辞め、家族関係も良くなっていきました。

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