少し無理めの住宅ローンが主人の会社の業績悪化でピンチに。ストレスで酒におぼれる夫と離婚。養育費は徐々に滞り…

pl136

主人の会社の業績が悪化

私と主人とは、今からちょうど20年前に結婚し、8年間結婚生活を送りました。結婚2年後に、子どもも男の子、女の子とそれぞれ1人づつ授かりました。結婚し、子どもを持つことは幼い頃からの夢でしたし、主人は中堅の食品メーカー勤務で仕事も順風満帆で、結婚後しばらくは、初めての子育てにてんてこまいしながらも、幸せな毎日でした。

そのような日々に、だんだんと暗雲がたちこめはじめたのは、結婚後6年後、長男が4歳、長女が2歳になった頃のことです。主人の会社の業績が悪化しはじめたのです。そのときマンションも購入し、あくまで今思えば、の話ですが、少し無理めのローンも組んでしまっていました。身の丈に合わない高額な住宅を購入してしまったのです。

ボーナスもだんだん減り始め

残業代のカットからはじまり、ボーナスもだんだん減り始め、しばらくすると、完全になくなってしまいました。ボーナス月の支払いを多めに返済していたローンの計画は、だんだんと無理がでてきました。そこで私も子どもを保育所に入れ、パートに出始めましたが、二人の子どもが順番に熱を出したり、色々な感染症にかかったりして、思うようにお金もはいってきませんでした。

家事育児は当然すべて私の負担ですし、慣れないパートで疲れきっている私と、業績の悪化する会社で、残業代も出ないなか、長時間の労働に耐えている主人との間は、すきま風が吹くようになり、夫婦仲がどんどん悪くなってしまいました。給料が下がるのに反比例するように長時間化する労働時間に、主人も強いストレスにさらされていたのは理解できました。けれど、だんだんそのストレスをお酒で解消するようになっていったのです。

もう限界

そして、酔うとそんな自分にますますイライラするのか、私や子どもに当たり散らすのです。もう限界だと感じました。そして、離婚に踏み切りましたが、その後、養育費の支払いもだんだんと滞るようになり、もらったわずかな慰謝料もアパートを借りたり、家財を揃えることに消えました。パート代はわずかで、実家の両親に援助してもらっていました。本当に情けなかったです。

子どもが少し成長したころ、まだ実家の両親が元気で、高齢ながら二人とも仕事を続けており経済的に余裕がありましたので、看護学校の入学金などの援助を受け、看護師の資格を取ることにしました。それで、試験や実習など本当に大変でしたが、なんとか資格を取り、安定した収入を得られるようになりましたが、それまでは本当に苦労しましたし、親にも迷惑をかけました。

btn_mckd

btn_acom