職場のパワハラと介護ストレスでメンタル疾患に。野草を食べてしのぎました

pl073

自覚は無かったのですが…

 8年前に退職しました。退職した時点では自覚は無かったのですが、メンタル疾患に罹っていました。パワハラのひどい職場で頑張ること16年間。最後の5年半は両親の在宅介護もしていて介護からのストレスも相当のものでした。ある日の会議中にプツンと堪忍袋の緒が切れて、帰宅してからもひどく落ち込んで勤務先を告発する遺書まで書いて飛び降り自殺を図りました。でも、飛び降りる寸前に冷静に戻り、退職を決意しました。そうした状況で退職したので、転職をすぐに考えられる精神状態ではありませんでした。

介護している実母の付き添いで認知症の診察を受けに行った病院で担当医から私自身がメンタル疾患に罹っていると知らされ、半月ほどためらった挙句、その先生に診てもらうことにしました。病名は全般性不安障害。電話にも出られず、人と話すのも苦痛で、頻繁に過呼吸の発作を起こしました。ハローワークに行く勇気も出ませんでした。

貯金を取り崩しながら

在職時代の貯金を取り崩しながら、自分と母の生活を支えることが続きました。とにかく倹約すること。お金が出て行くのが怖くて堪りませんでした。働きに出るまでに精神状態が改善するのに7年半かかりました。まだ抗不安薬を飲んでいますが、過呼吸の発作は起こらなくなり、電話に出られるようになりました。その間、野草を探して野菜代わりに食べていました。

切り詰められるところは食費だけだったからです。アパート代も親の介護費用も日用雑貨代も削れるところは無かったのです。たまたま身近な植物には前から関心があって本は持っていました。それで、食べられる野草を調べました。たんぽぽ、オオバコ、ハコベ、ヨモギ、カラスノエンドウなど、街中でも手に入る野草はけっこうありました。

手入れの行き届いた公園よりも

手入れの行き届いた公園よりもマンションの生け垣なんかの方が野草が生えているとか、砕石した石をまいただけの駐車場には生えやすいとか、病院に行き来に観察しては人目をひかないようにして採取することを覚えました。絶えずビニールの小袋を持ち歩き、採取した野草を入れられるようにしました。

実母が胃瘻を造って施設に入ってからは、介護負担が大幅に軽減されて精神状態も改善されてきました。ようやく働こうという意欲が湧いてきて支出ばかりだった通帳に振り込めるようになりました。スーパーでは「おつとめ品」を中心に買ってはいますが、また野菜を買えるようになって一応トンネルは抜けたかなと思っています。

btn_mckd

btn_acom