設計事務所は正社員でも生活苦。思い切って転職したら…

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学生の頃から建築士に憧れ

 私は、学生の頃から建築士に憧れていました。大学も建築学科を卒業し、いざ、設計事務所の門を開いたとき、夢だけでは食べていけない設計事務所の現実にぶち当たりました。設計事務所勤務というと、どのようなイメージを持たれるでしょか?仕事が大変、やりがいがある、クリエイティブな仕事など様々なイメージがあると思いますが、そこに「薄給」というものは上がらないかと思います。

 しかし、これが設計事務所の現実です。仕事が大変で、薄給。言い方を変えればやりがい「しか」ありません。それを覚悟で設計事務所の門を叩いたはずなのに、私は、この世界から挫折しました。まず、24歳、東京都内で手取り12万という給料。頭では分かっていましたが、これが一番厳しかったです。当然、節約するのは家賃と食費になりますから、アパートは築30年の寒いぼろアパートでしたし、食事はカレーを大量に作って、毎日それを少しずつ頂きました。

一番つらかったのは…

 精神面で一番つらかったのは、実は休日でした。この時代、何をするにも何処にいくにもお金がかかります。せっかくの休日も、家で引きこもり、休みが終わるのをぼーっと待っていました。まだ仕事をしていたほうが精神衛生上良いのではないかと思うほどでした。たまに外出してもブックオフで立ち読みをするくらいしかできることがありません。朝から閉店までブックオフで過ごし、一日ではじめの一歩(ボクシング漫画)を40巻読んでしまった時は、なんとも言えない情けなさに包まれました。

 設計士の変な伝統として、仕事を覚えたら独立し、自分で仕事を受けたら給料が多くとれるようになる。設計事務所の勤務は、修行のようなようなものだから、給料が少ない。というものがあります。もちろん、クリエイティブな設計士の仕事ならではの伝統ですし、昔はこれが当たり前のようにまかりとっていました。しかし、不況の闇に包まれ光が見えないこの時代、設計士が独立できるような状況ではなくなってしまいました。結果として安い給料でこき使われ続ける設計事務所の所員というものが大量に生まれてしまったわけです。

将来を悲観し…

 設計事務所勤務時代、そんな悲惨な状況から将来を悲観し、結果として私は設計事務所を退職しました。次の勤務先は、住宅メーカーの営業だったので設計事務所時代の知識を使って安定した成績を収め続けることができました。お給料は、3倍に上がり、貧困から無事に抜け出すことができました。

 今、設計事務所に勤務したいと思ってる人。本当に覚悟がなければ続けることはできません。お金がないということが、人をこんなにも惨めな気持ちさせるものだとは思いませんでした。

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