生前贈与で父が起業。常に破産と隣り合わせで友達と遊べず

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私が幼稚園に入園する頃、父は起業

私が幼稚園に入園する頃、父は起業しました。実父から生前贈与のような形で数百万円をもらい、起業する資金にしたそうです。その後亡くなるまで経営を続けましたが、景気が良かった期間は数年間しかなかったように思います。

起業したころは家に収入がほとんどなく、母は近所の家によくお世話になっていたそうです。年の差婚のバツイチ夫と結婚した同年代の奥さんが近所にいたらしいのですが、家事が苦手で交換条件で「買う人」「作る人」という関係だったことがあるらしいのです。

年齢的に金銭的余裕があったご主人を持つ奥さんが材料を買い、私の母が料理をそのお宅の分まで作るというものだったそうです。つい最近その事実を知った私は、そんなに生活が苦しかったことに驚きました。

母親は節約根性の塊

母は金銭的余裕がなかったので迷ったのですが、私に兄弟を作ってあげたいということで弟が生まれました。弟が生まれ、引っ越したことによりそのお宅との関係はすぐに終わりました。転居先では住み込みのような形で母は就労し、ある程度の収入は確保できました。

しかし、節約根性の塊で、学校で使う備品などを忘れた子に私が自分の分を分けてあげると怒られました。「忘れてくる方が悪い。」と言われたので、それ以降はあまったような物を譲っていたのですが今度は先生に怒られました。「ケチすぎる。優しくない。」と言う先生の言葉は、今思えば先生が間違っていますが当時はショックでした。

みんなと同じように生活をしたい気持ち

小学校高学年や中学生になると友達同士で遊園地や映画館に出かける子が多くなり、私も誘ってもらったので母にお願いした時も怒られました。確かに、ギリギリの生活をしていた時に遊園地や映画館に頻繁に行くことはできません。ただ、私もまだ子供だったので、みんなと同じように生活をしたい気持ちもありました。

当時、父は取引先と支払いに関して裁判をしていました。大手取引先の業績悪化により、父の会社に支払われるはずの支払いが滞っていたそうです。数名の従業員の給与を優先していたために、家庭にはまったく父の収入はなかったそうです。母も精神的にかなり追いつめられていたので、「破産したら、離婚なんだからね!!」と怒鳴られました。

サラリーマン家庭を築くことが今の理想

私はそれ以降、友達の誘いをさらっとかわすか、誘われないようにその場から立ち去るようにしました。高校はもちろん公立です。その後、私立の短大に進学したのですが、この時が景気が良かった唯一の時でした。それ以降は世の中もとても景気が悪かったのでもちろん父の会社も景気が悪く、業績は回復しないまま父は亡くなりました。幸い私は似たような人生を歩んだ人と結婚しました。

地道なサラリーマン家庭を築くことが二人とも理想で、今は落ち着いた生活を送っています。父はお金がないなりに、家族に尽くしてくれました。楽しい思い出もたくさんあります。でも、自分の子供には人並みの生活をさせてあげたいというのが夫婦共通の思いです。

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